エアドゥのサイトにアクセスして1月の羽田から新千歳までの戻りの航空券を購入する。朝9時半にアクセスしたときは28日前予約・ドゥバリュー28、11600円しかなかったが、どうしようかと考えていて午後にアクセスしたらエアドゥ・スペシャルが追加されていたので片道9600円の格安チケットを購入することが出来た。なによりである。
今日は図書室から依頼していた文献が届いたという連絡をもらったので、そいつを受け取る。
それから、本州から知人が訪ねてきてくれたので夕方にあってアニメショップ、とら・メイト・らしんばん・ゲマをちょっと見物してから、ちゃんこ鍋の料理店に出かけて夕食をご一緒する。
友あり、遠方より来る、また楽しからずや、
という気分であった。
20時ごろに解散して帰りに紀伊国屋書店に出かけて21時まで本を立ち読みしてきた。今日は事あるごとにぼーっと考え事をしていた。俺の中ではぼーっと考え事をするのが何より大切な時間のすごし方ではないかとすら思うほどである。
「苦しみについて」、最近は考えることが多い。学校が卒業できないという外的な要因が苦しいのではなく、その現象を認識したときに精神状態がナーバスになる自分自身の精神状態が苦しいのではないかということを思うようになってきた。
外的な要因が問題というよりも、問題の認識の仕方が根本ではないか、という自分でもよく分からんことについて最近は考えることが多い。自分がなぜ苦しいのか? について考えているということはなにか宗教に通じるものがあると思う。自分自身で孤独に考えるのではなく、なにかの宗教的な考え方について勉強をしたほうが効率がよさそうだということもちょっと考えているところ。
できるだけ冷静に考えてみれば現状の俺は「ちょっと悪い状況」だが「めちゃめちゃ悪い状況」では決してない。俺は学校を退学処分になることも想定したし、可能性としてははいって3日で嫌になる可能性もあった。そもそも監獄に投獄されることも覚悟して生きているはずである。それと比べたら学校が卒業できない程度のことは「大した問題ではない」はず。なのだが、それでもここまで心を乱されてしまうというのが自分自身の心の弱さだろうかしらんということをちらっと思う。
…すべてが俺だけの問題ではなく、外的要因にも問題はあるとは思うのだが。ただ、それでも外的要因について議論をしてもなんとも不毛ではないかということもちょっと思うものである。
来週の火曜日に研究室のゼミで発表をしないといけないのでそのための原稿をちょっと考える。…現状でまだこれの準備をしようと思う当たり、思ったよりも俺はまじめな性格なのだなと自分でも思う。俺くらいにまじめな性格ならば「生真面目だ」と定義しても良かろうと我ながら思う。
以下、本日購入した漫画2冊。
高校の写真部を舞台にした漫画。青春ものとカメラ・メカものに興味があるとちょっと興味深く読める一冊である。
秋葉原を舞台にしたコメディ作品。古きよき時代の昔の秋葉原をイメージにした描写が多い作品。
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