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コミュニケーション力・日経新聞てそんなに良いのか・辞書で引いてみたり

 学校でそこらへんに就職情報誌がころがっていたので拾ってきてちらちらと読んでいる。
 高校生のときは受験情報が非常に重要なものだったが、今から考えるとなんであんなに受験情報に熱中していたのかがさっぱりと分からない。就職情報も似たようなものだと思う。大学生には関心が高いが、だが特定の層以外にはどうでもよい情報。汎用性がない。
 私は新聞が好きだが、経済にそれほどの興味がないので日経新聞は読んでいない。他の新聞、読売・朝日・毎日・産経・北海道(東京)なんかのフツーの日刊新聞を読んでいるほうが面白いと思うし、私はそれで十分だと思う。図書館にあるので日経産業新聞・日刊工業新聞・フジサンケイビジネスアイをときどきチェックしているが、日経新聞よりこっちのほうがマニアックで面白いんじゃないのかとすら思う。というか、就職について「日経新聞を読め」なんていうまえに、そもそも何でも良いから新聞を読むカルチャーを持つほうが大事ではないかと思う。新聞好きからすると、面白い新聞を選択することが一番重要だと思うが。

 情報収集についていえば、インターネットのウェブサイト・メルマガ・掲示板・SNSなんかを駆使すれば、高度の情報が得られるのだろうか。実は私はインターネットが大好きでブログなんぞをやっているにもかかわらず、情報収集については紙の新聞や本や雑誌のほうを重視していて、インターネットを情報収集の手段としてはあまり位置付けていない。我ながら不思議であるが、情報収集の手段としてのインターネットの使い方が私には分からないのである。


 それはともかく、就職について企業が学生に求める能力の上位に「コミュニケーション力」があった。これがまた良く分からない。昔から分かっていないし、今も分からないが「コミュニケーション」というのが私はわからない。正直に言えば、あまり好きな言葉でもない。

「コミュニケーション」を要求される場合、その人はほとんど間違いなく私になんらかの我慢を強いてくる。そういう場合がほとんどだった。
 昔からおもうし、今もおもうが「コミュニケーション」とは他人に対して100%「Yes」と答えることなのか? 他人に対してではない。多数派、もしくは権威者に対して「Yes」と答えること・「No」と答えないこと、がコミュニケーションであるはずがない。しかし、私はそういう要求をたまに受ける。
「嘘でもいいからYesと答えておけ、そうしたほうが得だ」というアドバイスも、親切な人なら付け加えてくる。私は拒否するが。


 この前ブックオフで京大の名物教授の数学者、森毅の本があったので読んでいる。こいつは「社交」の考え方を強調していて、そこに私は共感している。

「『協調』というのは集団へ同化すること。だがこれからは『社交』、集団へ同化しないで違うもの同士で交流することが大事だ」という考え方である。

 私が「そもそも人間は考え方が根本的に違うもので、『常識』というものは人によってまるで違う」ということに気づいたのは数年前である。それがわかってから私は大分気分が楽になった。自分と他人の考え方は違うものである、という前提で動けば、動きようはあるのである。


 高校のときに「わからない言葉は辞書で調べましょう」というレクチャーを国語教師から受けた。大学のときに作文コンクールに応募していたとき、私は落選続きだったがそのときの入選作を読むと多くがコンクールのテーマについて「テーマの言葉が分からないので辞書で調べた。すると辞書には……とあって」という風に、辞書の定義を最初に引いて論を展開する手法で作文しているケースが多々あった。
 今回「コミュニケーション」という言葉が良く分からないので、この前買った3年前の電子辞書で引いてみた。…コミュニケーションというのは、大辞林の定義だと「他人と意思疎通をする」というようなかなりドライな定義がしてあった。少しは考えるヒントになる。

 私は「辞書」という民間の出版社が適当に作った本の定義を絶対だとは思わない。だから「広辞苑にはこうある」とえらそうに述べる文を見るたびに、「おいおい、岩波書店なんてただの民間の本屋が日本語を決定する権利を持っているのかい?」と冷ややかに見たものだ。

 他人との意思疎通は今の私からしてもかなりの難題である。英語をやっていて、英語ができればコミュニケーションが取れるかと考えてみると、そもそも日本語が完璧に出来ているが日本でもろくにコミュニケーションが出来ないんだから、英語が出来ても話しができるような気がしないなと思う。まずはこちらでコンテンツを準備することが大事ではないかと思う。

「友達が出来ない」という中高生の人生相談が、私は自分のこととして分かるが、現在の私ならば「友達なんて出来なくても良いんだよ」と居直って答えるだろう。他人と自分は違う、というところからスタートしないと、コミュニケーションはうまく取れない。それが私の認識。

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こんにちは。うちは実家なので道新をとっています。ので、一応毎日ざっとですが目を通しています。あまりちゃんとは読まないので、内容はわからないことは多々ありますが・・・

コミュニケーションは人にyesと答えることがそうだとは僕も思いません。別に友達に無理してなる必要もありません。友達になる人は趣味や価値観が近い人を選べばいいのだと思います。

しかし、友達でなくても社会では毎日顔を合わす人がいます。今で言えば研究室が僕達の社会です。社会では仕事、勉強は一人でもできることもありますが、だいたいは人に聞いたり教えてもらったり、数人でやることってのもあると思います。

他人の意見に同調するのではなく、相手が思ってることを聞けたり、どういう考え方をしてるのかを聞いたりするだけで自分にとって勉強になったり刺激になったりする部分がきっとあると思います。

コミュニケーションは相手と意思疎通をする、つまり相手が何を考えてるか、を聞くことだと思います。それに対して同調するも反論するも自由だと思います。僕も反対だと思ったことがあります。でも、そこで意見が食い違った時はなぜ食い違ったのか、では何がbestな考えなのか、それをなるべく納得いくまで話し合います。それでまたひとつ勉強になるのだと思います。

そして共同作業をする人がいたとして、相手はこう思ってるだろうと思ってたら実は最終的に違ったってことがわかり、食い違いが起きて作業に遅れをとる、などの事態が起こったときにコミュニケーションをとっておけば良かったと思った時が今まで何度もありました。

僕が思ったのはこんなとこです。
この前たまたま食堂でご一緒した時に少しでしたが話すことができて楽しかったです。また話しましょう。

  • 2007/12/02
  • ちかぽん ◆ -
  • [ URL ]
  • [ 編集 ]

レスはこっちの続きに、
http://argon1.blog55.fc2.com/blog-entry-359.html#more

  • 2007/12/06
  • 中谷@管理人 ◆ -
  • [ URL ]
  • [ 編集 ]
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