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他人から指図されるのも・他人に指図をするのも嫌だ

 ということに最近気がついた。前からそうだったなとは思うけど、自覚するようになったのは割と最近。
 私の性格の大きなものとして、自分よりも立場が上の人であったとしても指図されるのが嫌だということ、そして自分よりも立場が下の人に対しても指図をするのが嫌だ。ということがかなり強くある。
 それなので自分よりも「偉い」人から指図されると私は極端に不機嫌になる。また私は異常なまでに他人に指図をすることを嫌がっている。

「人間はみんな平等だ」ということを、どうやら私は生理的に信じ込んでいるんじゃないかと自分では思っている。それなので、偉そうな人(たとえば大学教授)のことを、私はほとんどまったく尊敬していない。逆に、自分よりも年齢が下だとか、あるいは高校生とか中学生とか、そういう下級生に対しても私は大学教授と同じくらい尊敬している。

 周りを見ていると私のような性格の人は極端に少ない。ほとんど大多数の大学生は、大学教授を上において随分と卑屈にしているし、逆に下級生に対しては尊大に振舞っている。
 正直に述べるならば、私はそれが不思議で仕方がない。「なんでたかが大学教授ごときにあんなペコペコしているのだろう?」「なんでたかが数年早く学校に入ったというだけのことであんなに下級生に偉そうにするんだろう?」と本当に不思議で仕方がない。

 周りから見れば、私の考え方は変だろうと思う。だが「人間は対等」だと私は思っている。だから私を基準にすれば、「まわりが変」だという見方が出来る。実際に最近の私はそう思うことにしている。
 生まれてから最近までまわりからバカにされることが多かったが、よく考えてみれば私がまわりをバカにしていれば良いんだと、そう思うようになってきた。
「他人が正しくて自分がバカ」なことと「自分が正しくて他人がバカ」である状態は、現象としては同じだと思うようになった。他人からバカにされたとしても、それはひょっとするとバカにしている他人のほうがまちがっていて、私のほうが事実をついている可能性がある。

 自分を卑下する事を止めたら、世界の見方が変わった。

 他人をバカにするというと言い過ぎになるが、他人を自分よりも上に置くことをやめたのだ。「自分と他人はまったく同等・対等の存在である」ということを、あらゆる他人に対して適応すると、今までとは違ったやり方で他人と勝負できるようになったと思う。

 カーレースで、使用する車が基本的にみんな同じという状態でレースをすることを「イコール・コンディション」っていったような気がする。人生はこのイコール・コンディションなんじゃないのかと、私は思うことにしている。たとえ強そうにしているとか、偉そうにしている他人といっても、同じ人間であり、よわっちい私にも勝つチャンスはあるんだと、私はそういう風に思うことにしている。なによりも、「私の能力では出来ない・勝てない」と思い込んだならばその瞬間に負けは決定するのだ。「相手は強いがうまくすれば勝つチャンスはある」とうそでもよいから思い込むことが、勝負をする上で大切なものの考え方だと思う。

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