俺は何のために勉強をするのか・極端に憂鬱・電波的な彼女3巻目を買う
日曜日だ。昨日が土曜日だ。普段ならばなんだか知らないが土日になると勉強をする気になっていたので土日にこそ勉強をしていたのだが、昨日と今日は信じがたいくらいに憂鬱でさっぱり動けなかった。動けなかったので動かなかった。
昨日はウェブログの更新すら出来なかったくらいに憂鬱だった。
今日は少しは気分が変わらないだろうかと、大通公園の南側まで散歩に出かける。まんだらけで電波的な彼女の3巻目、「幸福ゲーム」を購入する。ブックオフでカイジを立ち読みする。
とらのあなをちょっと見る。ライアーゲームの最新7巻が金曜日に発売だったが2日遅れがデフォの札幌だと明日の月曜日にならないとやっぱり入荷していないか。楽しみなコミックスの発売日には少し待たされるのでやきもきする。
学校に来た。メールのレスを書かないといけない。筆もなかなか進まない。そもそも学校が卒業できそうもない、という、タダのそれだけのことでがくんと勉強へのモチベーションが下がってしまっている。そもそも、俺は何のために勉強をしているのだろう? ということをいまさらながらに考え込むものである。勉強をすることに何のメリットもない、というそんな状況でも、俺は勉強をすることが可能なのだろうか? 俺が勉強をどういう風に捕らえているかということが、これから試されるのだろうと、そんなことをふと思った。
アニメ「学園ゆーとぴあ まなびストレート」を思い出す。「学校に行かないことが格好良い」という世界において、あえて学校に行く意味とは? という問いかけをしている作品だった。現在の俺に通じる問題提起である。俺の同年代の連中で学校に通っているやつなんて俺くらいしかいない。働くことが当然の状況においてあえて学校で勉強をすることに何かの意義があるのだろうか? それを俺は考えないといけない。
アニメは「乃木坂春香の秘密」と「ひだまりスケッチ」と「狂乱家族日記」の最新をやっと見た。相変わらず、未来に希望を描いているこれらの作品を見ていると、未来が閉じているかのうような現状とのギャップを感じていささかの憂鬱を感じるものである。
この前にまぬけづらさんとちょっとだけ話をしたが、改めて考えてみると、本当に世界の見方がすごく違っているということを思って、それが興味深かった。世界の見方・捉え方というのは人それぞれである。その違いを感じると、またこの世界がずいぶんと面白いものに思えてくる。
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- 2008/09/21
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